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前回-大分県の温泉(1)の内容

1.はじめに-温泉の定義-
2.大分県の温泉分布・源泉数・温度などの概要

大分県の温泉(2)

大分県温泉調査研究会会長
別府温泉地球博物館理事長

由 佐 悠 紀

3.泉質について

前回の第1節で述べたように、わが国の温泉は「温度」と「溶存物質」という二つの要素で定義されており、その具体的な内容は温泉法第二条の別表に明記されている。そして、公共の利用(浴用・飲用)を目的としている温泉では、その特徴を見やすい場所に掲示することが義務づけられている(温泉法第十八条)。指定されている掲示項目は次の通りである。

  • 1.源泉名
  • 2.温泉の泉質
  • 3.源泉及び温泉を公共の浴用又は飲用に供する場所における温泉の温度
  • 4.温泉の成分
  • 5.温泉の成分の分析年月日
  • 6.登録分析機関の名称及び登録番号
  • 7.浴用又は飲用の禁忌症
  • 8.浴用又は飲用の方法及び注意
  • 9.次に掲げる事項
  •   ①加水の有無とその理由
  •   ②加温の有無とその理由
  •   ③循環の有無とその理由
  •   ④入浴剤の付加や消毒の有無、その方法、および理由

 以上の項目が記載された文書は、一般に「温泉分析書」と呼ばれている。なお、第7・8・9項は、別紙に記されることが多いようである。

 さて、掲示項目の第2番目に挙げられている「温泉の泉質」は、温泉利用者にとって、温泉の特徴を知ることのできる最も重要な要素であろう。実際、温泉を紹介する新聞や雑誌の記事には、必ずと言ってもいいほど、泉質が記載されている。また、大分県の温泉は、泉質の多様なことで知られている。しかし、その内容が十分に理解されているとは、必ずしも言えないように思われる。そこで、本節では、温泉分析書の具体例(表3:末尾)に即して、泉質の意味や決め方を紹介する。

 表3の中核は第5項に示されている「試料1kg中の成分」である。これが第6項に記されている泉質を決めるための基礎データであるが、これは環境省が定めた「鉱泉分析法指針」に沿って、特定の分析機関(登録分析機関)が行った分析結果でなければならない。
 なお、鉱泉分析法指針における鉱泉の定義は、温泉法第二条における「温泉」を「鉱泉」と置き換えたものである(前回の第1節を参照)。それによって認定された鉱泉のうち、医療効果が認められるものを「療養泉」とし、それらに対して泉質名が与えられる。療養泉の定義の主要な内容は、温泉法第二条と同じ(「温度25℃以上、または、ガス成分を除く溶存物質総量が1000mg/kg 以上」)であるから、ほとんどの温泉は療養泉でもある。

注:「登録分析機関」
 化学分析の設備や機器類などが一定の基準を満たしており、県知事の登録を受けた分析機関。全国に173機関、大分県には5つの機関があり、県の担当課や保健所などで教えてもらえる。(機関数:平成26年10月1日現在)

3-1. 鉱泉分析法指針による鉱泉の分類

 鉱泉は、その泉温・液性・浸透圧によって、次のように分類されている。なお、泉温とは「鉱泉が、地上に湧出したときの温度、または採取されたときの温度」であり、液性は水素イオン濃度の指標pHである。また、浸透圧は溶存物質の濃度と関係がある物理化学的な特性で(簡単には、水を吸い込む力)、生理的な意味があるとされている。たとえば、海水が皮膚に対して刺激的なのは、その塩分濃度が高いため、浸透圧が高いからである。

【泉温の分類】

      泉 温
温 泉 冷鉱泉 25℃未満
低温泉 25℃以上34℃未満
温 泉 34℃以上42℃未満
高温泉 42℃以上

三つの境界泉温があるが、25℃は温泉法による温度、34℃は人間の皮膚温、42℃は一般の人が支障なく入浴できる限界の温度とみなされる。

【液性の分類】

鉱泉の湧出時のpHによって、次のように分類する。

酸 性 pH 3未満
弱酸性 pH 3以上6未満
中 性 pH 6以上7.5未満
弱アルカリ性 pH 7.5以上8.5未満
アルカリ性 pH 8.5以上

【浸透圧の分類】

鉱泉の浸透圧を、溶存物質総量または凝固点(氷点)によって次のように分類する。等張性が人間の体液の浸透圧に相当する。たいていの温泉は低張性である。

溶存物質総量(g/kg) 凝固点
低張性 8未満 -0.55℃以上
等張性 8以上10未満 -0.55℃未満―0.58℃以上
高張性 10以上 -0.58℃未満

 表3の例では、泉温57.7℃、pH 6.7(現地での測定値)、溶存物質総量(成分総計)1.637 g/kg であるから、(中性低張性高温泉)と表示して、泉質名と併記されている。

3-2. 物質濃度の表わし方

 表3の第5項の表が化学分析結果である。化学の教科書などでは、水中に含まれる成分量は、1ℓ中の量として表わすのが一般的である。しかし、鉱泉の場合は、伝統的に「鉱泉水1kg中の量」として表わされている。ただし、多くの鉱泉の密度は1kg/ℓに極めて近いので、実際的には1ℓ中の量とみなしても差し支えない。

【イオンの濃度(ミリバル数の意味と求め方)】

 まず、第5項の上の表が、泉質を決める上で最も重要なイオンの分析結果である。表は左右に分けられており、左側には陽イオン(カチオン:+の電荷を持ったイオン)の分析値が、右側は陰イオン(アニオン:-の電荷を持ったイオン)の分析値が示されている。各イオンの記載の順番は、分析法指針によって決められている。
 さて、イオンの量の表し方には、「イオンの質量」・「イオンの個数に関する量」・「イオンがもつ電気に関する量」を用いる方法がある。表3の各イオンの分量のうち、左欄のミリグラム(千分の一グラム:mg)が質量で、もっとも親しみやすい単位であろう。しかし、泉質の決定に用いられるのはこれではなく、中央欄のミリバル(千分の一バル:mval)と右欄のミリバル%(mval%)である。
 バル(val)は、見慣れない量と思われるが、「電気に関する量」で、教科書などに現れる一般的な化学の用語の「グラム当量(または当量)」に当たる。しかし、温泉分析書では、伝統的に、この単位が採用されてきた。以下に、その意味を紹介する。

 イオンの質量をその原子量(または分子量)で割った値をモル(mol)と言う。これがイオンの個数に関する量で、この値にアボガドロ定数を掛けた数値が、そのイオンの個数である。この辺りのことは、高等学校の化学の教科書に書かれている。
 このモル数にイオンの電荷(イオン価:イオンの化学式の右肩に付けられている+または-の個数)を掛けた量が、グラム当量すなわちバルである。したがって、イオンの質量とバルの関係は次のように表わされる。

  [バル(グラム当量)]=[イオンの質量]÷[原子量(分子量)]×[イオン価]

 たとえば、陽イオンのカルシウムイオン(Ca2+)の原子量は40.08で、イオン価は2だから、表3の質量32.7ミリグラムは、(32.7÷40.08×2 =)1.63ミリバルとなる。また、陰イオンの炭酸水素イオン(HCO3-:分子量61.02、イオン価1)の質量639.4ミリグラムは(639.4÷61.02×1 =)10.48ミリバルとなる。

【遊離成分の濃度】

 第5項の下の表は、イオンになっていない溶存物質(遊離成分)の分析結果であり、各物質の質量が記されている。質量をそれぞれの分子量で割った値(モル数)が併記されることもある。
 表中のメタ亜ヒ酸・メタホウ酸・メタケイ酸および遊離炭酸・遊離硫化水素は、いずれも温泉法第二条の別表に掲げられている物質である。それらのうち、遊離炭酸・遊離硫化水素はガス成分であり、温泉水から容易に分離して空中に逸散するので、区別して記載してある。

3-3. 基本的な泉質の名付け方

 温泉水は溶液の一種であるから、全体としては電気的に中性になっている。したがって、陽イオン全体について合計したミリバル数と陰イオン全体のミリバル数は同じはずである。表3の例では、陽イオンの合計は16.46ミリバル、陰イオンの合計は16.64ミリバルと、両者はほぼ等しい値になっている。若干の違いがあるのは、分析誤差あるいは別のイオンが存在するためと考えられる。両者のバル数を比べることによって、分析の良し悪しを判断できるが、表3の結果は分析が良好であることを示している。
 ミリバルの欄の右に書かれている「ミリバル%」は、陽イオンと陰イオンそれぞれについて、合計ミリバル数に対する各イオンの割合を百分率で示したものである。当然、それぞれの合計は100%である。
 表3の各陽イオンのミリバル%は、大きい順にナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、カリウムイオンとなっている。他方、陰イオンは、炭酸水素イオン、塩化物イオン、硫酸イオンの順になっている。これら以外のイオン量はわずかしかない。実は、この温泉に限らず、世界中のほとんどの温泉の成分は、上記の陽イオン4種・陰イオン3種、合計7種のイオンで占められていると言っても過言ではない。したがって、温泉の主成分と言うとき、通常はこれら7種のイオンを指す。ただし、酸性泉では水素イオンが主要陽イオンとなる。また、アルミニウムイオンや鉄イオンが加わることもある。なお、塩化物イオンは「塩素イオン」と書いても良い。

【塩類泉】

 表3の例では、溶存物質量(ガス成分を除く総計、すなわち陽イオン・陰イオン・非解離成分の合計)が1.461 g/kgと、1000 mg/kg以上である。このような鉱泉は「塩類泉」と総称し、主要な陰イオンに基づいて、次のように3つの泉質名を付けて分類する。

  「塩化物泉」:塩化物イオンを主成分とするもの
  「炭酸水素塩泉」:炭酸水素イオンを主成分とするもの
  「硫酸塩泉」:硫酸イオンを主成分とするもの

 表3では、炭酸水素イオンのミリバル%が約63%と大きいが、塩化物イオンも約30%含まれており、無視できない。このような場合には、ミリバル%が20以上のイオンをすべて取り上げ、多い順番に「・」で区切って記載することになっている。したがって、表の例では「炭酸水素塩・塩化物泉」と表わされる。
 他方、陽イオンについても同様に、ミリバル%が20以上のイオンを多い順に中点「・」で区切って並べ、ハイフン(-)を介して、陰イオンによる泉質の前に付ける。このとき、「イオン」は省略する。表3の例で該当する陽イオンは、多い順に、ナトリウム・マグネシウムである。
 以上の手順によって、表3の泉質は次のように表現されることになる。簡単のため、化学記号を用いて略記してもよい。また、古い呼び方(旧泉質名)が併記されることが多い。

  「ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩・塩化物泉」または「Na・Mg-HCO3・Cl泉」
   (旧泉質名:含食塩-重炭酸土類泉)

注:「塩(えん)」
 酸と物質(金属類など含むもの、一般には塩基という)の中和反応によって生じた化合物のこと。たとえば、塩酸(HCl)と苛性ソーダ(NaOH)の中和反応で生じる塩は塩化ナトリウム(NaCl:食塩)である。料理などに使う炭酸水素ナトリウム(NaHCO3:重曹)も塩であり、これを溶かしたような泉質は「ナトリウム-炭酸水素塩泉」である。陰イオンの主成分が塩化物イオンのときに限って、(塩化物塩泉ではなく、塩の重複を避けて)「塩化物泉」とする。


注:旧泉質名
 かつて、温泉の成分はなんらかの塩が溶けて生じたと考えられていた。たとえば、ナトリウムイオンと塩化物イオンを主成分とするものは、食塩が溶けたものとみなされて、食塩泉と名付けられた。同様に、ナトリウムイオンと炭酸水素イオン(古くは重炭酸イオンと言った)が主成分の場合は重曹泉と呼ばれた。表3では、主要な塩はMg(HCO3)2(重炭酸マグネシウム)とみなし、それに食塩も含まれているとして「含食塩-重炭酸土類泉」とされている。なお、土類とはアルカリ土類金属(MgやCaなど)のことである。

【塩類泉は何種類ありうるか?】

 先に、主要陽イオンはNa・K・Ca・Mgと述べた(電荷は省略)。このうち、ほとんどの温泉で、Kのバル数はNaの約10%であるから、Kのバル%が20以上になることは無い(筆者はこれまで出合ったことがない)。したがって、泉質名に関わる陽イオンは、通常、Na・Ca・Mgの3つである。陰イオンも3つであるから、出現可能な泉質の数は、下の計算のように「225通り」である。
 3つの陰イオンによる泉質の種類は、次のように合計15通り。
  1成分による種類:3通り(Cl泉、HCO3泉、SO4泉)
  2成分による種類:6通り(HCO3・Cl泉、SO4・Cl泉など・・)
  3成分による種類:6通り(HCO3・SO4・Cl泉、SO4・HCO3・Cl泉など・・)
 同様に、3つの陽イオンによる種類は、合計15通り。
 したがって、塩類泉の種類は、(15×15=)225 通り。

【単純温泉】

 泉温が25℃以上で、溶存物質量(ガス成分を除く)が1000 mg/kg未満のときは、成分組成の如何にかかわらず「単純温泉」と名付ける。しかし、その成分組成は、塩化物泉型、炭酸水素塩泉型、硫酸塩泉型、あるいはそれらの混合型とさまざまである。また、pHが8.5以上の場合は、「アルカリ性単純温泉」と呼ぶ。

以上のほかに特殊な成分を含む療養泉がある。それらについては、次回以降で、具体的な例に触れながら紹介することとしたい。

【適応症と禁忌症】

 泉質が決まった温泉(鉱泉)の標準的な療養効果は、温泉法の運用に当たっての「通知」に記載されている。

(つづく)


表3 温泉分析書の例:実際の分析書を参照して作成。

「大分県環境保全協会会報EPO 平成22年夏号(2010)」より

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