博物館についてスケジュールカテゴリー別府温泉事典リンク集

大分県の温泉(1)

1.はじめに-温泉の定義-
2.大分県の温泉分布・源泉数・温度などの概要

大分県の温泉(2)

3.泉質について
3-1.鉱泉分析法指針による鉱泉の分類
3-2.物質濃度の表わし方
3-3.基本的な泉質の名付け方

大分県の温泉(3)

大分県温泉調査研究会会長
別府温泉地球博物館理事長

由 佐 悠 紀

3-4.泉質の決め方の問題点

【泉質名が無い温泉】

 表4は、「鉱泉分析法指針(改訂:平成14年3月)における療養泉の定義」と各項目に対する「温泉法の数値」を比較したものであるが、両者には一致しないものがある。そのため、温泉法によって温泉と認定されても泉質名が与えられないという、おかしな事態が生じる可能性がある。

表4.療養泉の定義と温泉法との比較
1.温度(原泉から採取されるときの温度)摂氏25度以上【温泉と一致】
2.物質(下記に掲げるもののうち、いずれかひとつ)

物 質 名

含有量(1kg中)

温泉法の場合

 

溶存物質(ガス性のものを除く)
遊離二酸化炭素(CO2
銅イオン(Cu2+
総鉄イオン(Fe2++Fe3+
アルミニウムイオン(Al3+
水素イオン(H+
総硫黄(S)[HS-+S2O32-+H2S
   に対応するもの]
ラドン(Rn)

mg以上
総量 1,000
1,000
1
20
100
1
2

(省 略)

mg以上
総量 1,000
250
定義なし
10
定義なし
1
1

(省 略)

 表4によれば、溶存物質(ガス性のものを除く)の総量が1,000mg/kg未満でも、二酸化炭素(CO2)を250mg/kg以上含有しているものは、温泉法では温泉であるが、1,000mg/kg未満の場合は療養泉の定義にはあてはまらない。この場合、泉温が25℃以上ならば、単純温泉と命名されるが、25℃に達していなければ泉質名は与えられないことになる。総鉄イオンや総硫黄の場合も、同じようなことが起こりうる。
 他方、療養泉の定義物質である銅イオン(Cu2+)やアルミニウムイオン(Al3+)は、温泉法の定義物質ではない。したがって、療養泉なみの銅イオンやアルミニウムイオンが含まれていても、温泉法の定義を満たしていなければ、温泉ではないことになる。
 筆者は、ここに述べたような実例に出会ったことはないが、温泉法と療養泉の定義は首尾一貫しておらず、明らかに不合理で、改善が望まれる。


炭酸泉で有名な長湯温泉の温泉沈殿物(石灰華)。
ごく少量の鉄分を含むため、茶色に着色している。

【炭酸ガスで泡立っているのに、炭酸泉ではない?】

 鉱泉分析法指針では、溶存物質量(ガス成分を除く)が1,000mg/kg未満のもののうち、ガス成分の二酸化炭素を1,000mg/kg以上含むものを「単純二酸化炭素冷鉱泉(25℃未満)」または「単純二酸化炭素温泉(25℃以上)」と呼んでいる。また、二酸化炭素を1,000mg/kg以上含む塩類泉の場合には、泉質名の始めに「含二酸化炭素-」を付ける。(以下では、簡単のため、二酸化炭素はCO2と記す。)
 以上の温泉・冷鉱泉は、自噴で湧出したとき、あるいはポンプで汲み上げたとき、炭酸ガスで泡立っており、一般に「炭酸泉」と呼ばれているが、上に述べたように正式の名称ではない。しかし、「炭酸泉」は長年にわたって使われてきた極めてなじみ深い名称であり、定着した通称と認められるであろう。筆者自身も、そう思っている。
 昔から知られている炭酸泉の多くは、泉温が40℃に達しない、比較的低温の自然湧出のものであった。人々は、そうした炭酸泉を好み、長い時間をかけてゆっくりとお湯に浸かった。ところが近年、より高温の温泉をめざして、掘削が行われるようになった。そうして得られた温泉では、CO2で泡立っているにもかかわらず、分析してみると1,000mg/kgに達していない濃度のものが見られるようになった。それらは、いずれも比較的高温で、40℃を超えているものばかりである。
 よく知られているように、水に溶け込むガスの量は、温度が高いほど少ない。表5に示されているように、40℃でのCO2の溶解量は、1,000mg/kgをかろうじて超える程度である。地下でのCO2の圧力は高いから、濃度は1,000mg/kgを超えているが、地表近くでは減圧するため発泡し、水中のCO2は泡のほうに移るから、濃度は低下して表5の値に近づく。すなわち、泡立つこと自体が、濃度を低下させる。しかも、空気中のCO2の分圧は小さいから(0.0003気圧程度)、温泉水が地表に現れると、CO2は速やかに大気中に逸散して、濃度は急激に低下する。これが、ガス成分の分析が難しい最大の理由である。
 40℃より高温の温泉では、泡立つと、濃度はすでに1,000mg/kgより低くなっている。したがって、見た目にはいかにも炭酸泉のようであっても、泉質名に「含二酸化炭素-」を冠することはできないことになる。
 なぜこのようなことになっているのか? おそらく、かつての炭酸泉は、ほとんどが低温だったため、CO2で泡立っている温泉でも、湧出直後に速やかに分析すれば、1,000mg/kgを超える値が得られたので、問題とならなかったものと思われる。言い換えれば、高温の炭酸泉の存在は、まったく想定されていなかったのであろう。
 加えて、空中に逸散しやすいというガスの性質から、温泉水の採取・分析という作業中に濃度が下がることもありうる。また、分析値は1,000mg/kg以上であっても、浴槽では1,000mg/kgを下回っているものと思われる。このようなことを考えると、たとえば、CO2の分析値が1,010mg/kg なら炭酸泉で、990mg/kgのものはそうではないというのは、非常におかしく、不合理と言わざるを得ない。炭酸泉が愛好されているだけに、定義の改訂が望まれる。

表5.1気圧のCO2が、1kgの水に溶け得る量(mg/kg)
[水の密度を1g/cm3として、理科年表のデータを換算]

温度(℃)

0

20

40

60

溶解量(mg/kg)

3359

1729

1041

707

(つづく)

「大分県環境保全協会会報 EPO 平成23年新年号(2011)」より

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