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地球のはなし  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

No.49
中国の塩湖・水・地熱見聞記Ⅲ
夏県南山底村の温泉

 「子供の頃には日本語を習わされましてね.もうほとんど忘れてしまったが(ここまでは中国語.もちろん通訳してもらったのである)…タバコ,マッチ.」と,マイクロバスの助手席に座った外事弁公室の方が言われる.日本語風のきれいな発音であった.タバコ・マッチの発音なんか誰だってできる,などと馬鹿にしてはいけない.私自身,マッチの発音が通じなくて弱ったことがある.
 時おり小雨がぱらつく中を,安邑の町を抜けて,温泉を見に出かけるのである.およそ一時間走ると,茶褐色の濁水が流れる幅20mほどの川に出合った.温泉は川向うにあると言うのだが,橋らしいものは見当たらない.そのうち,案内の人が流れにジャブジャブ入ってゆく.水の深さを調べているらしい.いつもは車のまま簡単に渡れるのだそうだが,昨日来の雨で水かさが増して,渡河点が分からなくなったのである.
 それでもなんとか渡りきると,それから先は,車の通わない小径となる.歩くこと10分ほどで,谷合の小さい集落に出た.夏県南山底村という.夏県とは素晴らしい地名ではないか.古代の夏と関係があるのだろうか…またもや,せんさくしたくなる.
 この付近には温泉の地表徴候など無かったのであるが,1975年に井戸を掘っていて,偶然発見されたのだという.3本の井戸のうち,2本だけを利用しており,それぞれ120mおよび160mの深さからポンプで汲みあげている.泉温は45℃前後と入浴には好適である.
温泉が見つかるや,療養泉として利用されはじめ,1981年当時の収容定員は200人,さらに鉱山労働者専用の療養施設を建設中であった.皮膚病・関節炎・腰痛・肝臓病などに効能があり,専任の医師や看護婦ら,合せて15人の医療技術者が入浴法の指導を行っていた.
 そのような療養のための滞在者だけでなく,一般の人にも開放されている.花壇のある四角い中庭を中心に,コの字型に建てられた平屋の建物がその温泉場であった.建物はいくつかの小さな部屋に仕切られていて,そのひとつひとつが浴室である.
 入った所にベッドが一台据えられ,奥の扉を開けると浴場である.浴槽は黒っぽいコンクリート製のもので,大型のバスタブを想像すればよい.つまり,各浴室は個室であって,大浴場は無いようであった.湯に入ってはベッドで休み,休んでは入浴を繰り返すのであろう  泉質は食塩泉型(こんな言い方をしてはいけないのかもしれないが)で,塩化物イオン濃度は800~900mg/Lとかなり高濃度である.また,硫酸イオンも350~400mg/L程度含んでいる.特徴はフッ素含有量が高いことであろうか.4~5mg/Lの濃度がある.このような泉質のため,飲むことは禁じられている.
 この温泉水に限らず,一帯の水は総じてフッ素濃度が高い.ここから250kmほど離れた西安の華清池の温泉水も,また,その付近の井戸水もフッ素濃度が高いとのこと.そんな水を飲んで歯斑病(歯が黒ずむ)にはならないのかしら,とT先生が心配される.

 春寒賜浴華清池 温泉水滑洗凝脂(注1)
 華清池は,白楽天が長恨歌で詠った,玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの舞台である.もしかしたら,玄宗と楊貴妃の歯は黒ずんでいたかもしれない,などとあらぬ想像をめぐらせたりする.
 この地域の基盤岩は非常に古く,過去に火山活動があった形跡は見出されていない。付近にはプレカンブリアの片麻岩から成る山があるし,西安一帯の基盤岩も古い変成岩とのことである.温泉水の酸素・水素安定同位体比(注2)は,天水の値に近い.おそらく天水が地熱で温められたものと思われるが,その地熱の源は何であろうか?

(注1)夏目漱石は明治30年の大晦日から正月にかけて,熊本県の小天温泉(おあまおんせん:小説「草枕」の舞台の温泉のモデルとして知られる)に滞在し,「温泉や水滑らかに去年の垢」の句をよんでいます.長恨歌の本歌取りをしたのではないでしょうか?
※小天温泉:https://kumamoto.guide/yubijin/onsen/detail/11

(注2)安定同位体:「別府温泉事典」を参照下さい。
 http://www.beppumuseum.jp/jiten/anteidoitai.html


山西省夏県南山底村への道(1981年7月撮影)


南山底村の入り口(1981年7月撮影)


温泉場前の辻(1981年7月撮影)


中庭に面した浴室の外観(1981年7月撮影)


浴室前の回廊と浴室の中(1981年7月撮影)


南山底村温泉公園(1981年7月撮影)

ー地熱エネルギー、10巻4号(通巻32号)、1985)に掲載ー



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別府温泉地球博物館理事長の由佐悠紀が執筆し、新聞・雑誌などに掲載されたものを順次ご紹介します。