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地球のはなし  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

No.36
「加藤知弘先生との別離」

 加藤知弘先生が亡くなられた。
 加藤先生に初めてお会いしたのは、1976年の夏、別府にある京大地球物理学研究施設でであった。瓜生島伝説を生んだ「沖の浜港」の探査方法を吉川恭三先生と相談するため、賀川光夫先生と同道して来られたのである。その席に私も呼ばれ、加藤先生を中心に結成されていた「瓜生島調査会」に参加することになった。
 加藤先生は詳細な文献調査を行い、沖の浜港は大分の五号埋立地の沖にあったと想定されていた。翌77年の9月、音波探査機を使った調査を実施して、まさにその区域で地崩れの跡を見つけた。
 1596(慶長元)年9月4日に起きた地震の震源と思われる日出沖の断層群の発見など、その後の調査の進展と結果は、逐一本紙で的確に報道され、全国的に大きな反響を呼んだ。
 佐賀関から国東まで別府湾岸を歩きまわった予備調査、音波探査機を載せた船で湾内を往き来した本調査、得られた記録を前に意見を述べ合った分析作業。加藤先生は50前後、私は30代半ばから40にかけて。調査会のメンバーは若く元気で、楽しく心躍る調査であった。
 そして酒盛り。加藤先生も私も酒を好み、飲むスピードも量もよく合って、飲み過ぎになる傾向があった。ここ数年体調を崩しておられたが、そんなときがまた来るものと思っていたのに、叶わなくなってしまった。
 30年前のあの日、顔を会わせた4人のうち、残るのは私1人になってしまった。空虚、寂しさ、深い感謝…この気持ちをどう表せばよいのか。
 
※参考:別府湾の地下構造 ー沖の浜港の消滅によせてー
http://www.beppumuseum.jp/archives/chikakouzou.html

  - 「大分合同新聞」 2015年12月-



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