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地球のはなし  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

No.51
中国の塩湖・水・地熱見聞記Ⅴ
青海塩湖-地熱水の塩湖

  北京の科学出版社から1981年3月に出版された『西蔵地熱』という報告書がある。南はヒマラヤ山脈、北は崑崙山脈、東と西はそれぞれ雲南省およびカシミールとの境界に至る広大なチベット高原に展開する地熱活動を、1973年から1976年までの四年を費やしてつぶさに調べあげた、大変な労作である。
 それによれば、地熱活動はヒマラヤ山脈に近い南部で激しく、北上するにつれて弱くなり、崑崙山脈一帯では、今までの所、活発な地熱活動は知られていない。この一般的傾向からすれば、崑崙山脈よりさらに北側での地熱活動は、期待できそうにないと思われる。私もそうだろうと思っていた。
 ところが、青海湖訪問の翌日、塩湖研究所で行われた座談会で、崑崙山脈北側のツァイダム盆地では熱水活動が見られるとの、思いもかけない情報を与えられたのである。先に述べた「臍を噛んだ」というのは、このことである(Ⅳ青海湖訪問参照)。以下に、私の勝手な思いも多少織り込みながら、その伝聞を紹介しよう。
 青海湖からさらに西行すれば、ツァイダム盆地に至る。盆地の道は、文字通りの塩の道だそうである。数多くの塩湖があり、最大のものは300km2もあり、全部合わせると6,000km2に近い面積を占める。ただし、水深は浅いらしく、上映された記録映画には、見渡す限りの水の中を、ゴム長で渡っていくシーンがあった。しかし、年蒸発量が3,500mmにも達する乾燥地帯であるために、大部分は干上がって、干塩湖の状態になっているという。
 それらの塩湖は、過去の気候変動による湖の拡大縮小と関連して形成された。ツァイダム盆地はジュラ紀に形成されはじめ、第三紀初めには盆地全体が大きな湖となった。次いで乾燥化して、新第三紀末には、完全に干塩湖化したらしい。そして第四紀に入ると、再び大きな塩湖となり、更新世末期には、また乾燥気候となって湖は縮小し、現在に至っていると説明されている。所々に残っている現在の塩湖の水そのものは、周辺の山岳氷河からの融水であり、例外的に淡水湖も存在する。
 したがって、塩の主要な起源は、周辺の岩石類の風化によってもたらされた陸成のもので、巨大な湖が蒸発縮小するのにともなって濃縮され、現在のように、300g/Lを超えるような塩濃度に」なったと考えるのが常識的である。しかし、多くの研究者は、そればかりでなく、地熱水起源の塩もまた重要と考えているらしい。
 その理由のひとつは、盆地北西部にある干塩湖の塩に、リチウムが多量に含まれていることである。加えて、盆地中ほどの北部にある大柴旦湖では、湖底から現実に熱水が湧出し、しかも、硼酸塩が晶出している。塩湖研の資料室には、そのサンプルが展示してあった。そしてまた、ツァイダム盆地一帯には、断裂系(東西性のものが主要)が卓越しており、地殻変動が激しい地域と考えられている。これらのことから、過去には、ツァイダム盆地全域にわたって、熱水活動が盛んであったと考えても、あながち根拠のないことではない。
 結局、ツァイダム盆地に蓄積されている塩の起源は、陸成の塩の気候変動による濃縮と、地熱水からの寄与とするのが一般的な見方として受け入れられているとのことであった。また、青海湖の塩の起源も、同様と考えられている。
 チベット高原が崑崙山脈の北で急激に落ち込んでいること、その境界部に当る崑崙山脈中には、中国では例外的な火山活動があったこと、これらのことは、地球規模の地殻変動が、この地に出現したことを十分にうかがわせるに足る。
 ともあれ、ヒマラヤからツァイダムに至る広大な地帯に分布する塩の起源として、熱水活動が重視されているのである、その塩を人々は至る所で採取してきたし、また、現に採取しつつある。『西蔵地熱』には、高塩分濃度の温泉水からの製塩の例が紹介されている。


柴達木(ツァイダム)盆地の塩湖・干塩湖の分布図
大柴旦湖に熱水が湧出
青海湖は図の右方(東)、東経100度・北緯38度の辺りにある


西方(右方)の柴達木(ツァイダム)盆地に向かって
青海高原(標高3200m)を走る列車(1988年8月撮影)

ー地熱エネルギー、10巻4号(通巻32号)、1985)に掲載ー



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別府温泉地球博物館理事長の由佐悠紀が執筆し、新聞・雑誌などに掲載されたものから温泉に係るものを順次ご紹介します。