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第38回武雄温泉

執筆者温泉マイスター 若松 君子

 今回は、1300年の歴史があると言われる武雄温泉です。「武雄温泉」は、武雄市にある温泉施設です。素泊まりの旅館も併設されています。

 「武雄温泉」には、三つの大衆浴場と五つの貸切湯があります。大衆浴場は、いわゆる共同浴場です。貸切湯は、別府では「家族風呂」と呼ばれる、2人~5人用の個室のお風呂です。

 三つの大衆浴場の内、「元湯」と「蓬莱湯」は隣り合っており、受付も一緒です。「元湯」がもっとも古く、明治9年(1876)に建てられました。ちなみに、別府の竹瓦温泉は明治12年の創建です。受付の横に入浴券(入泉券)の自動販売機が置いてありますが、その上に、この二つの温泉の温度が表示されていました。このような泉温の表示は初めて見ました。「お好きな温度の温泉へどうぞ」ということでしょう。「元湯」には、地元の方が二人入浴しておられましたが、「ここの泉質はいいでしょう!」と、とても誇りに思っておられる様子が感じられました。とても天井が高く、湯気がこもらない造りになっているようです。




元湯


元湯中


元湯天井


蓬莱湯

 三つ目の大衆浴場は、「武雄温泉」内の素泊まり旅館「楼門亭」の隣にある「鷺の湯」です。「鷺の湯」は、内湯、露天風呂、サウナがあります。ここは、撮影禁止と書いてあったのですが、私以外に入浴客は一人しかいなかったので、その方が写らないようにして、露天風呂を撮影させていただきました。


鷺湯露天

 「武雄温泉」の三つの大衆浴場も五つの貸切湯も、お湯は全部同じで、二つの泉源のお湯を混ぜ合わせて使っているとのことです。しっとり感のあるアルカリ単純泉です。これだけの温泉施設のお風呂に対して、源泉かけ流しができるだけの湯量はないようで、「半循環」という言葉を使っていました。塩素臭は感じられませんでした。

以下、温泉成分表の一部です。
武雄温泉第5号源泉
  泉温:44.2℃
  湧出量:320L/min
  pH値:8.5
  陽イオン合計:181.4mg(その内ナトリウムイオン176.3mg)
  陰イオン合計:417.5mg(その内炭酸水素イオン329.8m塩素イオン70.2mg)
  泉質:アルカリ性単純温泉

武雄温泉第6号源泉
  泉温:50.2℃
  湧出量:420L/min
  pH値:8.53
  陽イオン合計:220.5mg (その内ナトリウムイオン215mg)
  陰イオン合計:493.5mg (その内炭酸水素イオン390.0mg塩素イオン82.5mg)
  泉質:アルカリ性単純温泉


営業は、6:30~24:00です。(蓬莱湯のみ、21:30まで)

大衆浴場の料金は、「元湯」と「蓬莱湯」が大人一人450円で、「鷺の湯」が大人一人680円です。貸切湯は、1時間3000円から3800円です。

問い合わせは、いずれも、「武雄温泉」0954-23-2001です。


 武雄温泉の歴史は古く、8世紀初めにさかのぼります。8世紀初頭に編まれた風土記の内、出雲国・常陸国・播磨国・肥前国・豊後国という5か国の風土記が残っています。その中の、「肥前風土記」に「郡の西に湯泉の出る巌有り」と、武雄温泉の記述があります。

 武雄温泉は、豊臣秀吉とも関りがあります。16世紀後半の秀吉の朝鮮出兵に際し、大勢の武士が全国から名護屋城(唐津市)に集められました。その武士たちが多く武雄温泉を訪れたようです。「湯治の客は、土地の者に対して、難題を申し付けてはならない」等の秀吉の温泉掟書きが残されていることから伺い知ることができます。

 「武雄温泉」というと、朱塗りの楼門を思い浮かべる人も多いと思います。この楼門の完成は、大正4年(1915)です。明治の終わり頃、日本の鉄道網が整備されるに従い、観光の目玉として建てられたのかもしれません。武雄駅が開通したのは、明治28年(1895)です。ちなみに、油屋熊八が別府で亀の井旅館を始めたのは明治44年(1911)です。この楼門と武雄温泉新館は、唐津出身で、東京駅の設計をした、辰野金吾の設計で、国の重要文化財です。武雄温泉新館は、昭和48年(1973)までは共同浴場でしたが、今は資料館になっています。


武雄温泉の楼門


武雄温泉新館



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