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現在の別府市は、明治時代から昭和時代の初期にかけて、いくつかの町村が合併してできました。それぞれの町村には温泉があり、代表的な八つの温泉がいつしか「別府八湯」と総称されるようになりました。それらは、右図に示されているように、市域の北縁と南縁に4箇所ずつあります。
もともとの温泉はすべてが自然湧出泉でしたが、明治時代になると掘削による温泉(掘削泉)が現れました。とくに、わが国の経済が大きく成長した1960年代以降、それまで温泉が無かった所でも多数の温泉井戸が掘削されました。そのため、別府八湯それぞれの範囲ははっきりしなくなっています。また、古来の自然湧出泉の多くが枯渇したため、現在の温泉は、ほとんどが掘削泉です。
図中の赤い曲線群(海面下100mでの等温線)から、地温は西方の鶴見火山群に近いほど高温であること、また、北と南の断層に沿って高温部分が海岸方向に伸び出していることから、断層が熱水の流路になっていることが伺われます。●で示されている昔の自然湧出泉や地獄の多くは、北と南の高温域にありました。そして、別府八湯も、2つの高温域、あるいは、その近辺に位置していることが分かります。