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別府温泉辞典

あ か さ た な は ま や ら わ

血の池地獄

ちのいけじごく

【概要】

 大分県別府市大字野田にある、温泉が湧出する池。JR日豊本線亀川駅の西南西・約1.5kmにあります。池の浅瀬に堆積した沈殿物が“赤い血の色”に見えるので、この名で呼ばれるようになりました。国の名勝に指定されています。


東側から見た血の池地獄(撮影日:2012年9月19日)


西側から見た血の池地獄(撮影日:2012年9月19日)


 最初の記録は、8世紀前半に編纂された『豊後国風土記』の速見郡の項に登場します。漢文で書かれていますが、その現代語訳(1)を下に掲げます。

 赤湯泉(あかゆ) 郡役所の西北にある。
 この湯泉の穴は郡の西北の竈門(かまど)山にある。周囲は15丈(注1)余り、湯の色は赤くて泥がある。これを使って家屋の柱を塗ることができる。泥は流れて外に出てしまえば、変じて清水となり、東の方に下って流れる。それで赤湯泉(あかゆ)という。
(注1)15丈=約45m。字句の通りでは、現在の大きさより小さいが、一辺15丈なら、ほぼ同じ。現在の大きさ等のデータは後出。



 また、江戸時代の“絵入り百科事典”と言われる『和漢三才図会(寺島良安著)』の「巻 第56 山類」の「地獄」の項に、日本の地獄として、山頂から噴煙をあげる10カ所の火山が挙げられ(そのひとつは鶴見岳)、番外的に「赤江地獄」の名称で下のように紹介されています(2)

(現代語訳)
 豊後(速見郡野田村)に赤江地獄というのがある。十余丈四方(注2)に真赤な湯が血のように流れて谷川に入るが、まだ冷えきっていない処にも魚がいて、いつも踊り游いでいる。また、一つの不思議である。
(注2)現在とほぼ同じ大きさ。



【池の形・大きさ・深さ(3)

 池を上から見ると、図1のように、一辺が約45mの“三角むすび”の形をしています。図中の曲線群は、1976年8月に測られた等深線で、実線は2m間隔で描かれていますが、一番浅い点線は1m深、池底近くの点線は25m深を表しています。このように、池の東半分は浅いテラス状になっていて、赤色沈殿物はここに溜まっています。これに対し、中央から西半分はロート状の深い穴になっていて、その最深部(×印;26m深)付近から高温の熱水が湧き上がっています。1976年8月の測定では、136.8℃でした。


図1 血の池地獄の形:1976年9月測量(3)
  曲線群は等深線(実線は2m間隔)
 ×:最深点(26m深).


【沈殿物の正体と生成メカニズム】

 血の池地獄の沈殿物を構成している鉱物は、シリカ(ケイ酸:SiO2;結晶はクリストバライト)が最も多く、次いで、アルミニウムを含んだ粘土鉱物(カオリナイト)で、これらは白色です。赤色の原因物質は鉄の化合物で、赤鉄鉱(ヘマタイト:Fe2O3;赤色塗料の弁柄(べんがら)と同じ)と鉄明礬石(ジャロサイト:KFe3(SO4)2(OH)6)です(4),(5),(6),(7)。ただし、赤鉄鉱は地下の高温・高圧条件下で生じた(4)のに対し、鉄明礬石は温度が低下した池の表層部で生じたものと考えられています(5)。赤鉄鉱は赤色ですが、鉄明礬石は黄色を呈するので、現実の沈殿物は中間的な色をしています。
 この特徴的な沈殿物は、血の池地獄の上流地域(別府八湯の明礬・鉄輪)に分布する“高温のナトリウム-塩化物泉型の熱水”と“比較的低温で鉄イオンを含む酸性-硫酸塩泉型の熱水”が混合し、さらに長石類と反応して生成されます(図2)。また、赤鉄鉱と鉄明礬石の生成量は、2種の熱水それぞれの量に左右されます(6),(7)
 以上より、血の池地獄の赤鉄鉱と鉄明礬石の生成量と割合は“沈殿物の色”として視覚化され、“沈殿物の色”は、別府温泉北部域に展開している熱水-温泉水系を具現化しているとも言えます。このような観点からも、血の池地獄は貴重な自然資産です。


図2 血の池地獄周辺の熱水系と沈殿物生成の概念図(7)



【血の池地獄の温泉水の化学組成】

参考のため、血の池地獄の温泉水の主要成分などを掲げます(8)

分析機関名:(公社)大分県薬剤師会検査センター
現地調査年月日:平成27年8月26日
分析年月日:平成27年9月15日
泉温:64.2℃,pH:2.7
成分濃度(mg/kg)
  陽イオン:Na+ 511.0,K+ 106.0,Mg2+ 17.9,Ca2+ 52.7,Fe2+ 1.8,Fe3+ 2.7
  陰イオン:CL 756.0,HSO4 34.0,SO42- 505.0
  H2SiO3(メタケイ酸):238.0,溶存物質合計:2,268
泉質:酸性-ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(酸性 低張性 高温泉)



執筆者由佐悠紀)
参考文献
  • (1) 吉野 裕(1969):『風土記』,東洋文庫145,平凡社.
  • (2) 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳 訳注(1987):『和漢三才図会 8』,東洋文庫476,平凡社.
  • (3) 湯原浩三・吉田哲雄・中尾晴次・大島勝文(1978):別府血の池地獄の放熱量,温泉科学,29,3-9.
  • (4) 古賀昭人(1972):別府血の池地獄について,大分県温泉調査研究会報告,23,72-74.
  • (5) 吉田哲雄・湯原浩三・中江保男・野田徹郎(1978):別府「血ノ池地獄」の温泉水及び沈殿物について,温泉科学,29,10-18.
  • (6) 大上和敏・大沢信二・中川理恵子・高松信樹・由佐悠紀(1998):別府血の池地獄の色彩変化に関わる沈殿物の鉱物組成・温泉水の化学組成の変化,温泉科学,47(4),157-165.
  • (7) 大上和敏(2006):温泉沈殿物から温泉の変遷過程をたどる,温泉科学の新展開(大沢信二編;ナカニシヤ出版),172-184.
  • (8) 大分県生活環境部自然保護推進室(2016):大分県温泉調査報告・温泉分析書67号,26.