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別府温泉辞典

あ か さ た な は ま や ら わ

温泉の色

おんせんのいろ

 「色」は温泉地獄に独特の雰囲気をもたらす重要な要素ですが、その「色合」・「発色成分」・「発色メカニズム」などはさまざまです。以下には、いくつかの例を紹介します。



写真1 血の池地獄

【赤色系】(沈殿物の色)

 代表的な例は、『豊後国風土記』に「赤湯泉」の名称で記載されている別府温泉郷の「血の池地獄」です。発色成分は、沈殿物に含まれる「赤鉄鉱:Hematite Fe2O3」と「鉄明礬石:Jarosite KFe3(SO4)2(OH)6」。このうち、赤鉄鉱は赤色を、鉄明礬石は黄色を呈するので、両者の混合の割合によって、赤色の鮮やかさの度合いが異なります。





写真2 紺屋地獄(明礬温泉下流の自然噴気地帯)の泥池
写真2 紺屋地獄(明礬温泉下流の自然噴気地帯)の泥池
写真3 伽藍岳の頂上近くにある泥火山
写真3 伽藍岳の頂上近くにある泥火山

【灰色~黒色系】(泥の色)

 地獄の景観を特徴づける泥池や泥火山の泥は、写真2・写真3のように、灰色から黒色系の色(いくらか青みを帯びていることがある)をしていることが多いようです。別府温泉郷の明礬温泉では、似たような色をした粘土から湯の花を作っています。
 これらの泥(粘土)はさまざまな鉱物の集合体ですが、多くは無色鉱物で、黒っぽい色は、有色鉱物のスメクタイト(モンモリロナイト)と黄鉄鉱に由来しています。
 『豊後国風土記』に「湯色黒」と記載されている「玖倍理湯井」は、間欠的に沸騰する熱泥の池だったのかもしれません。

別府温泉の地獄で検出された鉱物
石英、クリストバライト、非晶質シリカ、長石、カオリナイト、ハロイサイト、スメクタイト(モンモリロナイト)、明礬石、黄鉄鉱



写真4 パムッカレ(トルコ)の石灰華テラス
写真4 パムッカレ(トルコ)の石灰華テラス
写真5 長湯温泉の石灰華(緑色は藻類)
写真5 長湯温泉の石灰華(緑色は藻類)

【白色系】(沈殿物の色)

 石灰華(炭酸カルシウム沈殿物)・珪華(シリカ沈殿物)・石膏華(硫酸カルシウム沈殿物)・食塩などポピュラーな温泉沈殿物の基本的な色は「白色」です。世界的に有名なのは、トルコの世界遺産(複合遺産)の「パムッカレ」でしょう。パムッカレとは、トルコ語で「綿の城(宮殿)」という意味だそうです。まさに写真4のように真っ白ですが、これは温泉水から沈殿した「石灰華」です。わが国でも、石灰華はあちこちの温泉でみられます。しかし、不純物のために着色していることが多く、たとえば、長湯温泉(大分県)の石灰華は少量の鉄分のために茶色っぽい色をしています(写真5)。
 パムッカレの写真は、外部ウェブサイトに沢山ありますので、参照してください。



写真6 青色の温泉(別府市鉄輪温泉の露天風呂)(別府市誌(2003)より
写真6 青色の温泉(別府市鉄輪温泉の露天
風呂)(別府市誌(2003)より

【青色~白色系】(温泉水の色)

 別府温泉の熱水池(地獄)や露天風呂のなかには、美しい青色をしているものがあります(写真6)。これらの温泉に共通していることは、いずれもが沸騰泉で、ほとんどが「中性~弱アルカリ性」の「ナトリウム-塩化物泉」で、多量のシリカ(ケイ酸)が溶存しているということです。
 このような高温の温泉水は、浴槽では入浴に適した温度まで冷やされますから、低温では溶解度が小さいシリカは析出して沈殿します。この過程で、当初は分子状態のシリカは結びついて(重合)粒子の状態になり、いわゆるコロイド〔直径が1nm~1µm程度の粒子:水中での浮遊が可能〕となって水中を漂います。

長さの単位
 1nm(ナノメーター)=0.001µm(マイクロメーター)=10-6mm=10-9m



写真7 白池地獄(別府市鉄輪温泉)
写真7 白池地獄(別府市鉄輪温泉)

 コロイドのサイズが光の波長〔可視光線:およそ380nm(紫)~780nm(赤)〕より小さいときは、入射する光のうちの短波長の成分(紫~青)が選択的に散乱されるので(レイリー散乱)、温泉水は青く見えることになります。コロイドが結合して、そのサイズが光の波長より大きくなると、全ての光の成分が散乱されるので(ミー散乱)、温泉水は白色に見えることになります。
 さらにコロイドの結合が進んで、その直径が1µmを超えるほどに大きくなると、粒子はもはや水中に留まることが困難となって沈殿します。この沈殿物が珪華(シリカ沈殿物)です。写真7は鉄輪温泉の「白池地獄」ですが、池の水は白濁し、沈殿が生じるような状態になっています。実際、池の縁などには、珪華が沈殿・付着しています。池の水がやや青みを帯びているのは、粒径の小さいコロイドが混在しているためと思われます。


写真8 海地獄(別府市鉄輪温泉)
写真8 海地獄(別府市鉄輪温泉)

 以上のように、「温泉の青色・白色」と「沈殿物」は、一連の物理的・化学的な過程で結びついているということが出来ます。

 温泉水が酸性の場合は、シリカ分子の重合が進まないので、コロイドは生成されません。しかし、温泉水が清澄でプールがある程度深いときには、入射する光の長波長成分(赤色系)が水分子によって吸収されて、青色っぽくみえます。この状態のとき、なんらかの微粒子が混入すると、それによる散乱が起こって、青色が微妙に変化します。よく知られている「海地獄」(写真8)は、その代表的な例です。

 熱水(温泉水)中のコロイドはシリカだけではありません。例えば、阿蘇中岳・草津白根山(湯釜)・蔵王(御釜)など、活火山の火口に溜まった水も、シリカコロイドによる青色とは色合いが異なりますが、青色系の色を呈しています。これらは、硫黄のコロイドによる発色と考えられています。写真3の泥火山の火口の水が白いのは、粘土類のコロイドによるミー散乱のためではないかと思われます。

パムッカレ(写真4)の青色温泉水
 外部サイトのパムッカレの写真の中には、石灰華テラスの小さなプールの水が青色を呈しているものがありますが、何らかのコロイド(炭酸カルシウム?)によるレイリー散乱による発色ではないかと思われます。




【褐色~黒色系】(温泉水の色)

 大分市の温泉は、1970年代の初め頃から開発が進んだ非火山性温泉で(吉川・北岡、1981)、塩分濃度の高い温泉と低い温泉があります。前者は海水起源で、温泉水は無色透明のものが多く、後者は陸水起源で、褐色や黒色に着色しています。これは、古い時代に地層が堆積したとき、陸水(河川水や池・沼の水)とともに閉じ込められた植物が腐食して生じたフミン酸などの色と言われています。
 近年、日本各地の堆積平野や堆積盆地で深いボーリングによる温泉の開発が進んでいますが、それらの温泉水もこの系統の色に呈することが少なくないようです。




写真9 紫色のプール
写真9 紫色のプール

【紫色】(泥鉱泉の色)

 温泉の中には、温泉水の流路やプールが緑色や紫色に着色していることがありますが、その多くは藻類によることが多いようです。
写真9は、ルーマニア南部のクライヨーヴァ市にある泥浴のプールで、鮮やかな紫色に着色しています。



執筆者由佐悠紀)
参考文献
  • 吉川恭三・北岡豪一(1981):大分市温泉の現況,大分県温泉調査研究会報告,32号,56-64.
  • 大沢信二・由佐悠紀(1997):温泉の色について,大分県温泉調査研究会報告,48号,41-48.
  • 大沢信二・恩田祐二・高松信樹(2003):海地獄の呈色に関する色彩学的・地球化学的研究,大分県温泉調査研究会報告,54号,15-24.
  • 大沢信二(2004):青い温泉水はどのようにしてできるのか,「温泉科学の最前線(西村 進編)」,ナカニシヤ出版,5-21.
  • 大上和敏(2006):温泉沈殿物から温泉の変遷過程をたどる,「温泉科学の新展開(大沢信二編)」,ナカニシヤ出版,173-184.