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温泉科学  別府温泉地球博物館 代表・館長 由佐悠紀

2014年4月1日更新

第12回
日本での地球科学的温泉研究のあゆみ(10)

〔別府温泉での研究-昭和10年代から40年代まで〕

【新規源泉の開発が既存源泉におよぼす影響:揚水影響】

新たに井戸を掘って地下水の採取を始めると、周辺の井戸では、自噴量が減少したり、井戸水位が低下するなどの影響が現われます。これらの現象は「揚水影響」と呼ばれますが、温泉でも同じ様なことが起こります。
 大正時代の末頃(1920年代)、別府を研究フィールドとして、京都大学地球物理研究所(現:地球熱学研究施設;京大研と略する)が温泉の研究を開始した当時は、そうした揚水影響が現われたとしても、それを解析するための手法は未だ発達していなかったので、解析手法の開発から始めなければなりませんでした。具体的には、揚水影響を表現する方程式を組み立てて、その解を求めることです。
 温泉科学第8回で紹介した野満隆治教授は、学生を指導してこの問題に取組み、現在、タイスの式(Theis equation;Theis, 1935)として知られている揚水影響の式を独自に導き出しました。
 得られた結果の大要は、1935年6月に京都で開催された日本陸水学会の大会で発表されました。Theisの論文の発表と同じ年です。しかし、学術誌への印刷公表は大幅に遅れ、1943年6月になって「地球物理」誌にようやく印刷されたのです(野満・山下,1943)。
 専門的すぎるのですが、タイスの式(あるいはタイス-野満の式)の雰囲気を感じ取っていただくために、その式と揚水井周辺の地下水位低下の模式的な状態を紹介します。

タイスの式(Theis equation)

s は水位低下量,Q は揚水量,t は揚水を開始してからの経過時間,r は揚水井の中心からの距離.
TSは地下水層の水理的性質を表す係数で、Tは透水量係数(水の通りやすさを表す),S は貯留係数(水を貯める性質を表す). 式中の積分は,地下水学ではW(u)と書き,井戸関数と呼ぶことがある.

 野満らの論文の独創性は、貯留係数が地下水層および水の弾性率によって決まることを示したことです。


揚水井を中心とした地下水位低下の模式的な状態〔野満ら(1943)より〕

たくさんの点が打ってある厚さDの層が被圧地下水層(被圧帯水層)である.
水位低下量は,ギリシャ文字ζで表わされている.
低下した地下水位は,井戸の中心を軸にして回転させた,漏斗状になっている.

こうして揚水影響に関する基礎理論は得られたのですが、その理論が適用されるような調査「揚水試験」が別府温泉で実施されたのは、太平洋戦争後、温泉法の施行(昭和23年7月10日)以降のことで、最初の揚水試験は昭和24(1949)年8月に行われました(瀬野・山下,1950)。これを皮切りに、数多くの揚水試験が行われ、得られたデータが解析されました。それらを記した報告書は、大分県温泉調査研究会の報告に掲載されていますので、本バーチャル博物館のリンク先「温泉の研究-大分県のホームページ」からダウンロードすることができます。

さて、タイスの式は、水を通さない地層(不透水層)で上方と下方を挟まれた被圧地下水層(被圧帯水層)に井戸を掘って揚水を続けたとき、井戸の周囲の地下水位が低下する状況を表現しています。(注:不透水層で閉じ込められた地下水は、圧力が掛かった状態なので、「被圧」が冠せられます。)
 ところが本来、完全な不透水層は存在せず、幾分かは水を通します(それゆえ「難透水層」と呼ぶのが適切です)。加えて、別府温泉では沢山の自噴井が掘られましたが、このことは上方の地層は穴だらけで、それらを通して水が漏れ出していることを意味します。ですから、水が漏れ出す状態にある地下水層(漏れのある被圧地下水層)に適用できるように、タイスの式を変形しなければなりません。
 山下(1961)は、別府温泉の自噴地域で測定した揚水試験データを、変形された解を用いて解析し、地下温泉水層からの漏れの大きさを表すパラメータが、自噴井の分布密度(単位面積当たりの自噴井の数)と比例関係にあることなどを見出しました。付図は、山下が行った揚水試験の一例です。(注:変形された解はベッセル関数で表されます。これについては、参考文献や外部サイトを参照してください。)

以上の一連の調査研究は、温泉資源保護の一指針を提供することとなりました。

別府旧市内で実施された揚水試験の例〔山下(1961)より〕

右図は調査した区域の源泉分布.円の半径は100m.左図は揚水試験の結果.
円の中心にあるNo.843の源泉で揚水し,○印の源泉で自噴量の変化が測定された.
自噴変化量は,各源泉の基準値からの差で示されている.自噴量等の単位:ℓ/分

【温泉資源の保護:掘削規制】

山下(1967)は、別府旧市内の自噴温泉地域を一辺100mの網目状に分割して、100m平方ごとに求めた自噴井数、総湧出量、1源泉当りの平均湧出量のデータを、前述の理論に基づいて解釈し、温泉資源保護のためには「100m平方からの1分間当りの総湧出量を120リットル以内に制限する必要がある」と警鐘を鳴らしました。当時の平均自噴量は1分当たり15リットル前後でしたから、自噴井数は7~10本程度となります。しかし、付図の源泉分布に見られるように、既に、山下の警鐘を超えた数の源泉が密集する区域がありました。
 このような事態は、温泉資源保護の観点からは憂慮されるべきものです。そこで、大分県では、昭和43年に初めて、新規掘削や動力装置設置に当っての規制を設けました。例えば、別府旧市内は「別府市南部特別保護地域」として指定され、原則として新規掘削はできないことになりました。同様の地域として、「別府市亀川特別保護地域」と「別府市鉄輪特別保護地域」が指定されました。
 このとき、規制が最も緩やかな地域として、一般地域が設けられました。ここでは、既存源泉からの距離が60mを超える場所での新規掘削が認められます。この規定による100m平方当りの最大の井戸数は約3本ですから、山下が述べた井戸数よりかなり少なく抑えられています。他方、動力による1分間の揚湯量は50リットル以内とされましたので、比較的多量の揚湯が認められたのです。おそらく、公共性の高い源泉に対する配慮がなされたのでしょう。この井戸数と揚湯量による、100m平方当りの1分間の総揚湯量は最大150リットル程度となり、山下が述べた量よりやや多めです。
 動力は一日中稼動されるわけではないので、自噴の場合とまったく同様の取扱いはできませんが、資源保護の重要性を常に考慮して、無用な揚湯は避けなければならないと執筆者は思います。

なお、同様の規制は、別府の場合に準じて、由布院温泉などでも行われています。詳しい内容は、大分県のホームページで検索することができます。

執筆者由佐悠紀)
参考文献
  • Theis, C. V. (1935): The relation between the lowering of the piezometric surface and the rate and duration of discharge of a well using ground-water storage, Am. Geophys. Union, Trans., 16, 519-524.
  • 野満隆治・山下 馨(1943):井戸理論の一進展(第2報) 竪井の揚水開始及び停止に伴ふ付近水位変化と地層の弾性率,地球物理,7,21-40.
  • 瀬野錦蔵・山下幸三郎(1950):別府温泉に於ける湧出量の相互関係に就いて,大分県温泉調査研究会報告,1,1-27.
  • 山下幸三郎(1961):自噴井群における揚水の影響について,大分県温泉調査研究会報告,12,31-40.
  • 山下幸三郎(1967):別府温泉の泉源保護について(Ⅰ)別府旧市内温泉について,大分県温泉調査研究会報告,18,19-24.

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